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小倉 耕二さん 79期

 「出発! 高齢者トヨラー!」


 

 我々79期は、代表幹事冨永洋一君を中心に、9月の同窓会総会と、1月2日に春帆楼で実施する同期の同窓会を二本柱に、市内在住の者は元より、県内、北九州、東京、名古屋など、多くの同級生が毎年集まって旧交を温めています。

 ところで、昨年1月の同窓会の時に、例年4月に下関で行われる「維新・海峡ウオーク」にみんなで参加しようという話が出ました。冨永君はその時実行委員長だったこともあって毎年参加しており、その他何人かがいっしょに参加しているとのことで、今年はみんなで行かないかとのことでした。その話を聞いた同期の多くが、酔った勢いもあり、多くが参加を高らかに叫んでいました。私もその一人でしたが…昨年は私を含めそのほとんどが参加せず、今年の1月の同窓会で参加した者から「裏切り者」と叱られました。そこで、今年こそは約束を守るべく参加することになりました。

 

 4月7日の朝、東行庵・騎兵隊本陣に集合しました。代表幹事の冨永君、今井弘文君、谷口博明君、内藤晶義君と私の5名の参加でした。服装は還暦の時に揃えた真っ赤な野球帽と背番号79のユニフォーム。すれ違う知り合いから、「同級生ですか。楽しいでしょうね。」と声がかかる、「赤獅子」ならぬ「赤爺」姿のどこからでもすぐにわかる集団となりました。時間となり東行庵を出発。桜満開の木屋川沿いを小月に向かって進んで行きながら、それぞれの現状や同期の消息など話していくうちに、タイムトンネルをくぐるように、50年前の高校生の頃の雰囲気となりました。小月付近ではまだまだ元気も良く、話も弾みました。聞けば山に登ったり、ウォーキングしながら、この日に向かって準備してきた者もおり、毎年参加する同級生の意気込みを頼もしく感じました。

 王司・神田の関(王司小学校)で昼食。酒席ではないところで仲間と食事をするのはいつ以来でしょうか。本当に懐かしく楽しい時間がどんどん進んでいきました。王司から長府城下町の関までは、旧2号線の付近を通りました。今やっているのかわかりませんが、その昔豊高では、川棚から豊高までの33㎞強歩大会が行われていました。実はその第1回は我々79期が1年生の時に始まったもので、我々は3年間歩きましたが、第4回は雨で中止になったそうで、その後も時々雨天中止となり、当分の間3年間歩いた(歩かされた)学年は、我々だけでした。それも懐かしい思い出です。

 長府の町並みや功山寺、そして懐かしい豊高前を通り、海岸沿いの国道を進みました。このあたりは影になるところもなく、4月とはいえ思ったより暑く、なかなか厳しい道でした。ただ修行のようにみもすそ川を目指して進みました。

 その後亀山八幡宮で休憩し、ビールを一杯。さすがにこれは50年前にはできない楽しみでした。ビールのおかげ(?)で、唐戸を過ぎた頃から元気も少しずつ蘇り、ついにゴールへ。途中きついところもありましたが、全員でゴールしたことは本当に大きな喜びでした。一人ならとっくに止めていたと思います。やっぱり同級生はありがたいものだとつくづく感じました。内藤君が、これを歩き切ると自分もまだまだ大丈夫と思え自信が湧いてくると話していましたが、本当にそのとおりと思いました。

最後に打ち上げ。五人でワイワイ言いながら飲むビールは本当においしかったですし、いっしょに成し遂げたことは大きな喜びでした。参加してよかった…。

 昭和34年・35年生まれの我々同期は、今年度末には全員65歳となり、いよいよ高齢者の仲間入りです。いつまでも元気というわけにはいかないと思いますが、一人でも多くの同期が集まり、さまざまなことをやって、高齢者トヨラーとして頑張っていきたいと思います。 「出発! 高齢者トヨラー!」

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